オタクのグルメ

映画やゲーセンが好きなオタク(小島 優 @ky_the_movie)のブログです

まんがタイムきららが大好きな男の話(SS)

※麻薬ダメ、ゼッタイ、大麻やめろ

 

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眩しい朝焼けと共に身を起こした、人よりも少し高めの体温で温められた柔らかい布団の誘惑は非常に抗いがたいものだけれども、えいやっと気合いを入れてこの優しい監獄から脱獄する。

 

昨日は興奮してしまって中々寝付けなかったからだろうか、ついつい大きな欠伸が出てしまう、誤魔化す様に視線を逸らすと壁に掛けられたお気に入りのアニメが描かれたカレンダーが目に入る、今日の日付にはでかでかと赤丸が付けられおり初出勤!の文字が楽しそうに踊っていた。

 

……もう、私も子供じゃないんだよね。

 

そう、私、小島優は今日からきらら女子大を卒業してゲーム制作会社MAXに入社するのだ。

 

憧れていたゲーム制作のお仕事、そしてなにより憧れのあの人と共に仕事が出来る、不安がないと言えば嘘になるけれど、同年代平均よりは少し控えめな胸は今、これから迎える日々に期待を膨らませてしまう。

 

足取りは軽やかに、いつも通りの朝食を摂り、シャワー浴びて支度を済ませたら時間に余裕が出来たので少し部屋を片付けてから家を出た。

 

春の風が柔らかな頬を撫でていく、犬を連れた優しそうなおばさまに挨拶をされた、電車の席がたまたま空いている、小さな幸せが集まって私の門出を祝っているかのようだった。

 

今日は何だかいい日になりそうっ!

 

思わず気分が良くなりスキップしてしまう、だって仕方ないよね、こんなに世界は幸せに満ちているんだもん、ちょっとくらい浮かれてもーーー

 

 

 

 

 

その時だった、急に心臓がどっ、どっ、どっと早鐘を打ち始めた。

さっきまで晴れやかだった世界は急に曇天に覆われて先が見えなくなり、柔らかな春の風は冷たい冬の風となり肌を刺す、優しい近所の住人はこちらを指差しクスクスと笑っていて、電車には絶望に顔を曇らせたサラリーマンがまるで出荷される畜産物のようにひしめき合っている、まるで不幸が辺り一面に充満しているようだった。

 

 

 

 ふと顔を上げると、そこは通勤途中の晴れやかな道などではなく、あまりにも見慣れた自分の部屋だった、鏡を見ると期待に胸膨らませた美少女などいるはずもなく、病的なまでにやつれて目が血走った30歳過ぎの男がいるだけだった……

 

「クソッ!もう切れやがったのかよ!最近どんどん効きが悪くなってやがる!」

 

苛立ち紛れにそう叫ぶと手元にあったまんがタイムきららのページを数ページ破り取って、さらにそれを執拗なまでに細切れに破き始める、まんがタイムきららの中で行われていた、賑やかな放課後の部活動はバラバラに引き裂かれ、繋いだ手の先は相手を喪い、彼女達の秘め事はくしゃっと丸く潰された。

 

夢中になってまんがタイムきららを破き続けてどれぐらいたったのだろう、手元にはかつて幸せな空間だったモノの残骸が積もっていた、それを掻き集めて震える手でいつものように専用の器具の中に入れ底を火で炙る、警察に発見されれば言い訳のしようがない器具からは、煙と共に罪と幸せが香ってくるような気がした。

 

 

 

 

器具の中でまんがタイムきららの紙片がゆらゆらとダンスを踊り、まるで自分とワルツを踊っているような錯覚に囚われる、すぅーっと大きく息を吸い煙を身体に取り込むと身体中にまんがタイムきららが満たされ、先程までは醜かった自分の姿が徐々に変貌していくのが実感できる。

 

半年前に1000円カットで整えたボサボサの髪は艶のある黒髪になった、至る所に生えた無駄な毛は無くなり、赤子のようなツルツルの肌になる、ニキビだらけだった醜い顔は幼さと好奇心を両立させた可愛らしいと形容すべき顔になった、狂った自意識の中で自分がいかにもまんがタイムきららに出てきそうな可愛らしい姿に変化していくのを感じる。

 

自分の身体を全能感が支配していく、なんだか無性に幸せだという気持ちが溢れ出す、よくよく見たらここは自宅ではなく、今日から入社する職場ではないか、私はそこで出会った可愛らしい同期と他愛のない雑談を

 

 

 

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 

職場の電話が鳴る、違う、ここは自分の部屋で、そもそも鳴っていたのは自分の携帯電話だ、着信画面は派遣のアルバイト先の会社名が映し出されている、よくよく見ると凄まじい回数の不在着信があるが、知るか、と呟いて壁に思い切り叩きつける、数年前に買った携帯電話は派手な破壊音を鳴らした後、一切の音を立てなくなった。

 

まんがタイムきららを吸引し始めたのはいつからだったか、どんどん効きが悪くなっていく、それに伴ってどんどん消費するまんがタイムきららの量も増えていった、今では給与のほとんどをまんがタイムきらら購入資金に充てており、それ以外の出費……例えば食事なんかには最早嫌悪感しか覚えておらず、最後に食事をしたのがいつだったかすらいまいち覚えていない。

 

そうだ、今日はアレを使おう。

 

そう思って襖の奥から色紙を取り出す、何重にも包装され、日焼けの一つもないNEW GAME!のひふみ先輩が描かれた作者のサイン入り色紙だ。

大量のまんがタイムきららを購入して、毎号全て懸賞は送ってはいるが、この色紙しか当たったことがなかった、派遣バイトの三十代だからってバカにされているのだろうか、だからこの色紙は大切な記念の品であると共に、自分自信の劣等感の象徴でもあった。

 

しかし、改めて見るとひふみ先輩はかわいい、ふわふわとした髪、愛らしい仕草や優しいところ、そのくせ人一倍努力家なところを想うと愛しいという気持ちが溢れ出してくる。

 

だから、これからする行為に罪悪感がないと言えば嘘になる。

 

先程から火のついた100円ライターを色紙に近付けては慌てて離し、また近付けては離すという行為を繰り返している、親指は既に火傷を起こしているはずだが痛みの感覚はない、ひふみ先輩を喪ってしまう躊躇いの気持ちの方がずっと強い。

 

何度目だろうか、またしても色紙に火を近付けて、慌てて離していると、色紙のひふみ先輩がだんだんこちらを見つめていることに気付く、こんな情けない自分を見ても、彼女は変わらず優しく微笑みかけてくれるのだ、頬をそっと涙が伝わっていく、しかもひふみ先輩は手招きをして、こちらに来て、と上目遣いをしているのだ。

 

行かねば、と強く思う。こんな健気なひふみ先輩に招かれて断るという選択肢は自分にはなかった、そしてなにより彼女の信頼を裏切りたくなかった。

 

決して目を逸らさないようにしながら色紙に火を移すと、火が触れている箇所からむせ返るような甘い匂いといつもの邪悪な香りが漂ってくる、ついでにひふみ先輩への手向けとして手当たり次第まんがタイムきららにも火を付けた、嘘だ、俺が気持ち良くなりたかっただけだ。

目眩がする程のオーバードーズに吐き気を催すかとも思ったが、多幸感ばかりが身体を包む、やはりまんがタイムきららは凄い。

 

火が炎になり、ひふみ先輩に辿り着く。彼女の愛らしい顔を炎が蹂躙していく、そんな状況でも彼女は笑みを絶やさず、手招きを続けていた。

 

気がつくと既に身体はまんがタイムきららの住人になっていた、新しい生を得て、全身が熱を持っているのを実感する、辺り一面に広がった、さっきまでまんがタイムきららだったものを掻き集めて抱きしめると身体だけでなく心までぽかぽかと暖かくなっていく。

 

ひふみ先輩、今、そちらに向かいますーーー

 

 

 

 

 

 

 

昨夜未明、足立区のアパートで火災が発生し、火元と見られる一室から男性(32歳・フリーター)の遺体が発見された。

同署によると、男の遺体の側には薬物吸引具の様なものがあり、男が何らかの危険薬物を摂取していた可能性を含めて操作を行うとのこと。