僕のインターネットとゲーム史①
ちょっとそういう記事を読んで触発されたので、別に大層なことは書いてないし僕がだらだらと文章書くのが好きなので居酒屋でグダグダ言うようなことを纏めただけなんだけど。
・小学校時代
ここまではまだ非常に真面目なサッカー小僧だった、ゲームって言ったら周りがやってたから友人の家でやるか誰かが僕んち来てやる物だという認識で、幸い僕の家は学校から近い事もあってくる人間には事欠かなかった、かーちゃん的には迷惑だったろうけど、ごめんなかーちゃん。
僕自身この頃は全く電源系ゲームに興味が無くてポケモンとスマブラのプレイ時間足しても花札と将棋やってた時間の方が多いくらいだった、将棋の方はガッツリハマって将棋クラブに入ったんだけど知らないクソガキに滅茶苦茶に負けまくって嫌になって2.3回で行かなくなったなぁ、この頃から僕はゲームに勝つことが大好きなクソ野郎だったんだなって今なら思うよ。
インターネットの方はこの頃幻の存在だった、家にPCなんてないし授業で触れるだけの物だと思っていた。でも段々と高学年になるにつれて一部のクラスメイトが自前のホームページとか持ち出すようになって急速に興味が湧いたのは覚えている。自分の部屋すらなかった小僧がインターネットの中では一国一城の主になれるってのは本当に魅力的だったんだよ。
昔のインターネット〜っつてよくあがるキリ番だの裏サイトだのそういう奴ね、僕は当時発信したいコンテンツもなかったし書き込み専門だったけど。
当時公民館でPCが誰でも使えたから学校が終わって特に用事が無ければ通っていたのを覚えている、ここが今日に至るまでの僕のインターネットライフの始まりだった、今考えると黒歴史どころか暗黒時代って感じだけどとにかく楽しかったのは覚えてるよ。
といっても小学生のやることなんてyahoo検索でセックスだのr-18だの検索する位なんだけどもね、当然公民館のPCなんでフィルタリングが掛かっていて何も見れなくて虚無感に襲われた記憶がある、若いって怖いよね。
自作小説も投稿していた、丁度当時大流行していた.hack//に滅茶苦茶影響されたネットゲームの世界に入る作品だったのは覚えている、これが一番消したい過去だ、だから今でもソードアートオンラインとか見ると古傷が疼く。
なりきりチャットとかもやっていた、やり始める頃にはなるほどインターネットの世界は女性の、特に若い子がちやほやされているんだな、という認識があったためネカマをやることに躊躇いはなかった、割とエロもあったんだけど小学生だから猿みたいにチャットしていたな…バレてマジギレ説教されたのも一回や二回じゃなかったけど簡単にリセット出来るので中々辞められなかった、いやぁ冷静に考えて男子高校生の紅燐くんと自称女子小学生の初音(僕)がエロチャットしてるのはこの世の地獄だと思うよ…紅燐くんごめんな
少しするとネカマも手馴れて(?)きてちょっとした囲いみたいなものもいた、女子小学生を簡単に囲うおっさんが山ほどいるインターネット怖すぎだろ。
んでもってそれ位ネットに慣れてくるとクラスメイトのホームページなんて大体把握しきっていたので適当にファンのフリしたりネカマして釣ったりして遊んでいた、嫌なガキだな。
でもこの頃にインターネットの人付き合いとは…って事の基本を学んだ気がする、恥の上に恥を塗って更に恥をぶちまけたような覚え方だったけど。
この頃Twitterが無くて本当に良かった、心の底からそう思う。
・中学生時代
携帯電話を手に入れた、家にPCがやってきた。
放課後1〜2時間、公民館でしかネットができない僕にとっては産業革命に等しかった、そこから一気にインターネット漬けの毎日を送るようになったのは覚えている。
クラスメイトのホームページ巡回はまだ継続していた、荒らしもネカマもしなくなったがなんだかんだ知り合いの生の意見を見るのは楽しいのだ。
しかしある時クラスメイトの女子のホームページに小島優(僕)×小林くんのナマモノBL小説が投稿されているのを見つけてしまう、しかもそれがちょっとしたブームの火付け役になってしまいその子と仲の良かった子たちのホームページで僕を含む学友たちがあられもない姿で組んず解れつの状態になっている小説やら絵やらが投稿され始めて流石に居たたまれなくなって見るのを辞めた、若い僕には闇が深すぎたんだ。
深夜アニメを見始めたのはこのあたりだった、一応真面目な学生で通っていたのでラジオをかけ流しながら深夜まで勉強をしていたら「ムギュッと!双恋!」がやっていたのが全て悪いのだ、「野川さくらのマシュマロ♪タイム」とか「田村ゆかりのいたずら黒うさぎ」とかにも責任がある。
とにかくハマってから転がり落ちるのは早かった、Uguuの缶詰(当時それなりに大きかった携帯向け掲示板、まだあって結構驚いてる)でアニメ実況の楽しさに気がついてからはそこが主な拠点になってずっと書き込んでいた、エロゲレビューが人気ジャンルだったのもあって年齢層が高くてすごい居心地が良かったせいか一番長くいた界隈だと思う、質の良いコミュニティってのはこういうもののことを言うんだな、って思ったのはそれから数年先だった、厨房丸出しのクソガキである僕を受け入れてくれた人たちには感謝しかない、あそこで完全にネットの立ち回りを覚えた。
そしてこの頃ゲームの楽しさも覚えた、当時週6で習い事が入っていた僕はマトモな部活動には入れなかったため実質的な幽霊部員になっても怒られないパソコン部に入った(我が母校は部活動が強制参加なのだ)
そこにはゲーム大好きなパソコンオタクしか居なかったため毎日みんなで部室に集まってゲームをしていた、主にフリーゲームばかりで棒人間が横スクで射撃するだけのフロントラインってゲームとか、店舗経営RPGで後にDSソフトにもなったレミュオールの錬金術師とかを気が狂ったようにやっていた、ぶっちゃけフリーゲームなんて大体がクソゲーなんだけれど、みんなでワイワイやりながらプレイするのは最高に楽しかったんだ。
ここら辺から僕は”ゲームの楽しさ”の本質は”ゲームを通じて誰かとコミュニケーションをとること”なんだなって思い始める、今でもその考えは変わっていない。
ぱっと見クソゲーだけどかなり出来の良かったフロントライン
ソーシャルゲームのはしりみたいなCGIゲームもこの頃やっていたな、タイトル忘れちゃったけど。スタミナが時間で回復するローグライクゲームだった、気が狂ったようにハマったのを覚えている、今思うと怪盗ロワイアル以下のクソゲーなんだけど本当に面白かったんだ。
人狼もこの頃チャットでちょっとやってたんだけどリア狂勢と真面目にゲームやりたい勢が一生いがみ合っててあんまり面白いとは思えなかった、よくこんな人気出たよね。
アケゲーも少しやっていた、お小遣いが多い子供ではなかったのでひたすらアルカナハートとメルティブラッドの対戦を見て勝てそうな奴にだけ乱入していたのを覚えている、大体勝った後他のオタクに瞬殺されるんだけど。あとはドラゴンクロニクルを少しやっていたくらいか。
ネットゲームもこの頃始めた、NEXONのテイルズウィーバーだ。
当時の僕にとってはオンラインで人が動いているというのがまず衝撃だった、なにせフリーゲームとflash倉庫と巨大掲示板が全てだった男である。
家では弟がメイプルストーリーをやっていたのでいつもPCを奪い合っていて壮絶な戦いを繰り広げていたのを覚えている、なんとも不毛な戦いだった…
最初に入ったまったりギルドがかなりの当たりで気が付いたらどっぷりのめり込んでいた、ちなみにここではネカマはやらなかった、ネトゲでやると有利になるのはわかっていたけどリアフレもいたので出来なかったのだ…
ちなみにここのギルドは独自のホームページもあってかなりアットホームだった、もしキョントコンってユーザー名に覚えのある方いたらこっそり教えてください、あの節はありがとうございました。
段々とプレイしていくと固定ペアみたいなプレイヤーが出来た、大体ログイン時間を合わせてお互いのメールアドレスも交換してプレイしていた、イスピンという可愛いキャラを使っていて一人称私の社会人女性だった、中学生だった僕は当然コロッと騙されて受験でテイルズウィーバーを引退するまでその人とよく連絡を取っていた……
超絶可愛いイスピン、当時は何故かベレー帽が流行っていた(今でも好き)
ちなみに引退してからこっそりと覗いたギルドの掲示板でそいつがネカマの中学生だということで吊るされているのを知り本気で涙した、クソっ!クソっ!今でも思い出したら腹立ってきたわ、いたいけな中学生の純情を弄びやがって、クソが!許せねえ…
この後高専に入ってどっぷりエロゲとアケゲーとTCGに浸かることになるんだけどそれは元気ある時に僕のインターネットとゲーム史②で書こうと思う、流石に4000文字近くて疲れてきたし。